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第7回  人はなぜ“挨拶”されるとうれしいのでしょう。 群集本能に潜む「社交欲求」

平成28年7月20日

コラム気づきのココロ 第7回 人はなぜ“挨拶”されるとうれしいのでしょう。 群集本能に潜む「社交欲求

 

colum_7-1先日法事で伺った都内のあるお寺の住職は、「教誨師(きょうかいし)」というあまり聞き慣れない職業を44年間も兼務していたそうです。教誨師とは、囚人に何度か接触し、人の道とは何かを気づいてもらう仕事です。

 

相手の立場に立って話を聴き、自ら気づいてもらうことが大切だそうです。「誨」という字にはこれらの意味が込められており、そのためこの字にこだわっているというのです。

 

大分年月が経ちましたが、大阪の池田小学校児童大量虐殺事件は皆様も記憶にあると思いますが、その犯人、宅間被告が判決の時、暴言を吐いて退廷を命じられ、出て行く一瞬鬼のような形相を見て、この教誨師は

「何とかわいそうな顔をしているのだろう」と思ったそうです。

人間は誰でも邪悪な心を持っているが、周りの支えや感謝の気持ちによって、最後はどんな人もあのような鬼の顔にはならないそうです。

 

かわいそうというのは、いまだ独り善がりな考え方で、このような境地に至っていない宅間被告の存在、或いは境遇を含めてのことでしょうか。最近多発する若者の悲惨な事件を見るにつけ、これと共通するものがあると思えてなりません。

 

昨今、新入社員研修に伺うと、担当者からこんな要望が寄せられます。「『はい』と返事できるようにして下さい」とか、「きちんと挨拶できるようお願いします」

 

かなりの件数で同じような要望があることに驚かされます。つまり、コミュニケーションが上手くとれない若者たちが異常に増えているのです。

 

戦後の日本は欧米に「追いつけ追い越せ」でやってきました。同時に借り物の「自由」を言い続けた結果、周りのことを考えない、自分に関係ないことに全く関心を示さない自分勝手な人たちが増えてしまったと、ある大学の先生は嘆いています。

 

人と人のコミュニケーションは言葉をかけることから始まります。つまり挨拶です。挨拶という言葉は禅宗から来たもので、「挨」は心を開く、「拶」は心に迫るという意味があります。相手の心を開き、その心に迫らなければ本当の挨拶ではないのです。つまり聞こえないような声では挨拶の用を足しません。大きな声で心を込め、身体を相手の方へ向けて積極的に声をかけることが大切です。

 

挨拶されて厭だという人はいませんが、そう断言するのには根拠があります。それは「群集本能」ゆえなのです。人間は決して一人では生きられない。もし3日3晩一人で部屋に閉じこもり、ラジオやテレビを見聞きせず、電話もしない、メールもしないなど外界との接触を完全に断ってしまうと、正常な人でも頭が狂うと言われます。のみならず、群集本能が満たされないと人間は成長しないとされており、いくつかの事例も存在します。

 

  • アメリカで10代の両親に赤ん坊が生まれました。時間がくればミルクを与え、おむつもきちんと替えましたが、抱き上げたり、頬擦りなどのスキンシップ、あやすこともほとんどしなかったそうで、1年後に祖父母が会いに来て、全く成長していない姿に驚いたそうです。

 

  • また、第一次世界大戦時、怪我をした多くの子供を収容する野戦病院ができました。部屋にはベッドが並べられ、定期的にお医者様と看護師さんが容態の悪い子はいないかと部屋を眺めて出て行くそうです。入り口付近の子供たちは一様に明るく元気で、言葉も早く覚え、身体も大きくなりましたが、奥の方に寝せられていた子供たちは身体は小さく、言葉も覚えない、暗い印象の子供たちになったそうです。出入口付近の子供たちはスキンシップや言葉などのストローク(やりとり)が頻繁だったにも関わらず、奥の子供たちはやりとりがほとんどなかったからなのです。

 

colum_7-2こういった群集本能は、人間が持っている「自己維持本能」や「種族保存の本能」よりも優先する本能だと言われます。群集本能には2つの欲求が存在し、ひとつは「接触欲求」、もうひとつが「社交欲求」です。挨拶されて「嬉しい」と感じる本能は、この社交欲求が満たされるからなのです。

 

そこで感じの良い挨拶の方法を述べてみたいと思います。

 

背筋を伸ばし、手は必ずお客様から見える位置に置いた姿勢で、相手に正対する

手を後ろに組んだまま応対する人を見かけますが、「貴方に心を開いてます」という気持ちを表現する時は必ず手を見せて下さい。女性は左手を上にして前で組みます。男性は軽く握ってスラックスの縫い目か腿の上、または右手首を左手で握っても構いません。

笑顔で相手に視線を合わせて言葉をかける

相手が初対面で恥ずかしいと言う人は相手の片方の目を見ると焦点が定まり、恥ずかしさがなくなります。あるいは眉の辺りを見ても目を見てくれているような印象になります

「語先後礼」が最も丁寧

言葉だけの挨拶でも構わない時代になりましたが、動作をつけるのであれば、相手に言葉をかけてから動作をつけます。これを「語先後礼」と言い、誰に挨拶したかが分かると同時に、言葉と動作が一緒より丁寧な印象を与えます。

お辞儀の速さ

お辞儀の丁寧さは角度ではなく、倒す速度と起こす速度の差でより丁寧さを演出します。「1=いち」で倒し、「2=に」で止め、「3=さ~ん」とややゆっくりと起こしましょう。

卑屈にならないお辞儀

頭を下げるだけのお辞儀は卑屈な印象に映ります。腰から頭の後ろまで物差しが入っているように一直線にし、腰から上体だけを倒します。

 

以上、挨拶のポイントをまとめてみました。もちろん形だけではなく、心を伝える挨拶を心掛けるようにして下さい。挨拶と同様、人を誉めることも社交欲求を満たし、生きていて良かったと思わせるほど大きなエネルギーを与えると言われます。

 

人は周囲に支えられ、一人では生きられません。このことを自覚し、何事も相手の立場で考えられるようになった時、心から相手を誉められたり、積極的な挨拶ができたり、「ありがとう」と感謝の気持ちを素直に言えるようになるのではないでしょうか。

 

 

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